Archive for the ‘院長「心に残った話」’ Category

心に残った話 (24)  虫垂炎

金曜日, 9 月 14th, 2012

右の下腹部に位置する盲腸の先に付いている細いひものような虫垂。これが炎症を起こすのが虫垂炎であることは皆さんも良く知っておられると思います。今回は当院に通院中の70歳代の女性の方の話です。

【水曜日午後】急な強い胃の痛み(心窩部痛)を感じました。あいにく、当院が午後休診だったので、救急病院を受診されました。胃薬の処方を受け、一旦帰宅されました。
【木曜日】胃痛からお腹全体(強いて言えば下腹部)の鈍い痛みに変わり、下痢が出現したとのことで当院を受診されました。白血球数は11,000/μlと普段の倍になっていました。腹部のレントゲンには問題ありません。下腹部痛は尿管結石の場合もあるので、尿も調べましたが異常ありませんでした。下痢をされていることから、細菌性腸炎(食あたり)と判断し、抗菌剤を処方しました。
【金曜日】「少しは楽になったがまだお腹が痛い。」と来院されました。もう一度、お腹を診察すると、右の下腹部あたりを押さえた時だけ強く痛みを訴えられます。明らかに昨日とは違います。白血球数は今日も11,000/μlで、抗菌剤を飲んでいるのに良くなっていません。エコー検査で虫垂が芋虫様に腫れていることを確認しました。早速、最初に診て頂いた救急病院に連絡し、手術をお願いしました。
夕方『やはり虫垂炎でした。今、手術が無事終わりました。』と連絡を頂き、ホッとしました。

よく知られている虫垂炎ですが、実は、診断は難しいのです。この3日間を振り返れば典型的な経過を示しています。最初は胃痛を感じ、徐々にお腹全体に痛みが移動し、最終的には盲腸の所に痛みが限局しています。
私自身も胃痛や吐き気で来院された方には「虫垂炎も最初は胃の症状だけのことが多いのですよ。」と説明しながら、必ず盲腸のところを押さえて確認しています。しかし、木曜日の時点では虫垂炎を疑わせる所見はまったく認めませんでした。
患者さんが、金曜日にもう一度受診してくださったことを大変感謝しています。「良くならなかったけど、もう一回診てもらう。」と思ってくださったわけで、当院を信頼してくださったことを嬉しく思います。
最初に診察して頂いた救急病院で手術を受けてもらったことも良かったと思います。「あの胃の痛みは虫垂炎の初期症状だったのだ。」と救急病院の先生にとっても良い経験になったと思うからです。

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心に残った話(23) 「別れ」

金曜日, 5 月 11th, 2012

先日、勤務医時代から10年近く通院して頂いている患者さんから「私も年を取ったし、このクリニックまで通うのが難しくなってきました。クリニックの患者さんも増えてきた様子だし、もう私が来なくても大丈夫だから、近所の医療機関に変わりたいと思います。」との申し出がありました。

嬉しいような、悲しいようなお話です。この患者さんは、開業した私のことを心配して、少しでも助けてあげようと思って、わざわざ遠い所からか通って来てくださったのですね。そんな親心で通院してくださっていたとは考えが及びませんでした。

10年もお付き合いをしてきた患者さんと別れるのはさみしいのですが、その患者さんが「クリニックは大丈夫」と太鼓判を押してくださったのですから、喜ばなければいけませんね。

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心に残った話(22) 「アルコール性ケトアシドーシス」

木曜日, 1 月 5th, 2012

今回ご紹介する患者さんは40代の男性です。

仕事も家庭も上手くいかなくなり、やけになって酒浸りの日々を数ヶ月送っていた結果、アルコール性急性膵炎を発症し、集中治療室に入院となりました。入院時の意識はもうろうとし、呼吸が速いのが印象的でした。
急性膵炎はその重症度によって「重症」「中等症」「軽症」に分類されます。重症すい炎は死亡率が高く、厚生労働省が「難病」に指定しています。
この患者さんも重症でした。

さらに、血中ケトン体が1,000μmol/l以上あり、それだけで死に至る数字でした。何日もお酒ばかり飲んで、ロクに食事を取っていなかったため、「飢餓状態」になり血液中のケトン体が高くなったのです。ケトン体は血液中でマイナスイオンとして存在しますので、同じマイナスイオンである重炭酸濃度が低下し、「代謝性アシドーシス」を来たします。アシドーシスとは体が酸性になることを意味します。ケトン体の増加によるアシドーシスはケトアシドーシスと呼ばれます。この患者さんはpH6.7と生命に危険が及ぶ強いアシドーシスに陥っていました。
重症すい炎も高ケトン血症もアシドーシスもそれぞれが致死的な状態だったわけです。

幸いなことに、これら3つの病態は治療の方向性が同じなので、治療方針はすぐにたてることが出来ました。

集中治療室では何日も不穏が続き、目が離せない状況でした。やむを得ず、ベットに縛り付けて治療を続けました。
徐々に回復に向かい、最終的にはすっかり元気になられました。
回復の途中で、しみじみと自分の過去のおこないを悔い、退院される時には、人生をリセットする計画をお話して頂きました。勿論、お酒もキッパリやめることを決意されていました。

アルコールによるケトアシドーシスは、アルコール常用者が栄養不足と脱水を契機に発症する疾患です。まだまだ知られていませんが、早期に適切な治療を開始しないと命を落としかねません。「大酒家突然死症候群」とも言われています。酔った人の呼吸回数が多い時は、ケトアシドーシスの可能性が疑われます。注意してあげてください。

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心に残った話(21) 「十二指腸憩室の穿孔」

金曜日, 12 月 30th, 2011

今回お話しするのは70代の男性です。

夜中に起こった突然の強烈な腹痛のために救急搬送されてきました。直ぐにCT検査をおこなったところ、十二指腸がドーナッツ状に腫れていました。さらに、その近くの腎臓付近に「空気」の溜まりを認めました。

十二指腸の後腹膜腔(注)への穿孔と診断し、安静・絶食と抗生物質の点滴で経過をみることにしました。しかし、内心は不安な気持ちで一杯でした。「穿孔の原因は?」「手術しないで大丈夫?」なにしろ、こんな病気は経験したことがなかったので、自分の判断が正しいのか自信が持てませんでした。不安な一夜を明かすと、翌朝には大分痛みは軽減しており、血液検査の結果も快方に向かっており、「ホッ」としました。

病状が落ち着いてから、造影検査と胃カメラをおこない、十二指腸の憩室が破れたことが原因と分りました。

文献を調べると、本邦で20例ほど十二指腸憩室の穿孔例が報告されていました。これほど稀な病気なら初めて経験するのも納得です。報告されている症例のほとんどが開腹術をおこなっているのですが、4例だけが手術をしないで治っていました。手術をしなかった決め手は「痛みが速やかに消えたから」といういたってシンプルなものでした。

手術をしなかった報告を読んでいると、すごく親近感が湧いてきました。きっとこの先生達も「手術しないで大丈夫だろうか?」という不安な気持ちで治療されたのだろうと思えたからです。手術しなかった患者さんのその後の経過を知りたくて、4人の先生に手紙を書きました。どの先生からも詳しい返事が返ってきました。わざわざ、電話を頂いた先生もいらっしゃいました。

どんなに医学が進歩しても、患者さんの痛みの程度が治療方針を決めるという「人間臭い」ところが、医学が単なる科学ではない奥深い所ですね。

(注)お腹のほとんどの臓器は「腹膜」という袋に入っていますが、十二指腸と膵臓と腎臓は入っていません。「腹膜」の背側に位置するこれら3つの内臓は「後腹膜臓器」と呼ばれています。

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心に残った話(20) 「十二指腸潰瘍の裏側」

金曜日, 11 月 18th, 2011

今回お話しする患者さんは60歳台の女性です。

健診で貧血を指摘されたために、消化管からの出血が疑われ来院されました。
さっそく、胃カメラを受けて頂くと、十二指腸にジワジワと出血している潰瘍を認めました。
これが貧血の原因だったわけです。

出血している所に細い針を刺し、少量のエタノールを注入し止血を試みました。
エタノールが十二指腸粘膜やその下に走っている細い血管を凝固させることで出血を止めるのです。しかし、針を刺した時に「サクッ」という感じでいつもの抵抗がありませんでした。気味が悪かったため、エタノールの注入は1回だけで切り上げ、アルゴンプラズマ凝固療法による止血に切り替えました。これは、胃内をアルゴンガスで充填させた後にプラズマ(かみなり)を放電させて、病変を焼いて止血する方法です。何とか無事に止血出来ました。

数日後、治り具合を確認するために、胃カメラを受けて頂きました。
ところが、潰瘍はまったく治っていませんでした。
潰瘍底には新しい血糊が付いていました。
いつもだったら、もう食事が出来るぐらいに治っている時期です。
潰瘍の裏側に何か異変があると考え、CT検査をおこないました。
その結果、十二指腸の背中側に直径10cmの大きな腫瘤が見つかりました。
この腫瘤が十二指腸を圧迫していたため、十二指腸粘膜の血流が悪くなり潰瘍が出来たわけです。
私が針を刺したのはこの腫瘤だったのです。

腫瘤は手術によって無事摘出されました(GIST ジスト:平滑筋肉腫)。
患者さんも自分のお腹の中にこんな大きな腫瘤があったことに驚かれました。

見える事柄だけで判断しないで、その背後に隠されている真実を推理することが大切ですね。

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心に残った話(19) 「すい仮性嚢胞と脾臓出血」

日曜日, 11 月 13th, 2011

今回お話しするのは1人暮らしの40代の男性です。

美味しそうな神戸牛!正月用に買った3枚入りのステーキを、元旦に2枚を焼いて食べました。その後、残った1枚を「どうせ無駄にしてしまうから」と無理して食べたとのことです。その夜、激しい腹痛が出現し救急車で搬入されました。蛋白質の取り過ぎが原因で急性膵炎をおこしたのです。
血圧は50mmHg、脈拍は 110/分とショック状態でした。ヘモグロビン値は正常の半分と強い貧血を認めました。腹部CT検査では、すい臓と脾臓の間に5cmのすい仮性嚢胞を認めました。腫れた脾臓の中には造影剤の漏れを認め、脾臓の中に出血していることがわかりました。
ただちに、血管造影検査をおこない、脾動脈にスポンゼルというゼリー状の詰め物をし、脾臓内出血を止めました。
輸血もおこない、ようやく血圧も上昇してきました。全身状態が落ち着いた1週間後に、すい仮性嚢胞とすい臓の半分と脾臓の摘出術がおこなわれました。お腹を正中切開すると、そこは血の海でした。脾臓内で出血した血液がどんどん腹腔内に染み出てきたのでしょう。真っ赤な血液で満たされたお腹はショッキングな光景でした。

手術後の経過は良好で、インスリン治療が必要となりましが、無事退院されました。

頑丈な動脈をも溶かして穴を開けてしまうすい液は、強烈な消化液であることが証明されました。同様に、すい液が溜まっている「すい嚢胞」の取り扱いにも十分慎重に行なわなければいけません。

最後に、もうひとつ。美味しいものが残っていても、「もったいない」と思って余計に食べてはいけません。

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心に残った話(18) 「ギランバレー症候群」

水曜日, 9 月 21st, 2011

今回お話しする方は60歳代の男性です。
数日前から頭痛、手足のしびれた感じ、嘔気、腹満感、等のいろいろな症状があったのですが、それらの症状が徐々に増悪するため、土曜日の午後に救急車で来院されました。
普通は、救急外来入り口に救急車がバックで入ってきて、ハッチが開くと、救急隊の方がストレッチャーに寝ている患者さんを下ろします。ところが、今回は、ハッチが開くと、患者さんが自分の足で歩いて降りてこられました。「???」
私と研修医の2人で診察をしましたが、これといった異常が見つかりません。意識もしっかりしておられますし、手足の筋力も正常で、反射(打腱器で膝をポーンと叩くあれです)の亢進もありませんでした。脳のMRIをチェックしましたが異常は認めませんでした。病状が把握出来ないため入院して頂きました。

翌日(日曜日)になると、少しおしっこが出にくくなり、足腰に力が入りにくくなりました。いつもは、自分の専門である胃腸の病気を診察していますが、この週末は私と研修医しかいません。神経内科診断学の本を必死で読み直し、当てはまりそうな病気を探しました。進行する末梢神経障害と排尿障害から、「ギランバレー症候群」の可能性を考えました。「ギランバレー症候群」は免疫異常が誘因で、末梢神経が障害を受ける難病です。最終的には呼吸筋も麻痺するために人工呼吸器につながなければいけない場合もあります。
診断をつけるために、背骨と背骨のすき間に針を刺して、髄液を採取しました。予想どおり、「蛋白細胞解離」という髄液中の蛋白は増えているのに細胞数は増えていないという「ギランバレー症候群」に特徴的な結果を得ました。診断はつきました。次は治療です。大量の「免疫グロブリン」(血液製剤)の投与が必要です。日曜日だったので、薬品会社は休みです。関連病院から免疫グロブリンをかき集め、治療を始めました。

長い日曜日がようやく終わり、やっと月曜日の朝を迎えました。入院されて3日目です。朝一番に大学病院(神経内科)に転院をお願いしました。救急車に同乗し、大学病院の先生の姿を見た時は、本当にホッとしました。

数ヵ月後、大学病院から報告が届きました。入院後、呼吸筋が弱くなり人工呼吸器につながれた時期もありましたが、無事退院されたとのこと。良かったです。

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心に残った話(17) 「週末」

火曜日, 7 月 20th, 2010

今回の主人公は50代の女性です。当時、私は2年間の研修医生活を終えたばかりの20代後半の世間知らずの若造でした。
その患者さんは、とある金曜日の午後に発熱で入院されました。血液検査やレントゲン検査の結果、どこかははっきりしないけど、細菌が感染したことによる発熱と判断し、抗生物質を1日2回点滴することにしました。次の月曜日までの指示を出し終えた私は、土曜日と日曜日の週末は行楽に出かけました。当時はまだ携帯電話がなく、病院から外出先の主治医に連絡を取ることは出来ませんでした。

free07-03旅行から帰って来て、月曜日の朝、病院に行くと、その患者さんは全身に湿疹が出来ていました。さらに高い熱が続き、血液検査では白血球が激しく減少していました。薬が合わなかったためです。患者さんは「この点滴をしたら余計具合が悪くなるから止めて欲しかったけど、先生がいないから、仕方なく点滴を受けた。」と言われました。肝心な時に頼りになるべき主治医が傍にいない。さぞ心細かったことと思います。申し訳ない気持ちと患者さんを放っておいた自分の過ちの大きさに気が付きました。直ちに抗生物質の点滴を中止し、薬のアレルギー反応を消すための治療を始めました。白血球減少に対しては、当時はまだ白血球を増やす注射がなかったので、無菌室に入ってもらい、抵抗力の落ちた体にバイ菌がつかないようにしました。
 
 数週間後、無事、無菌室から一般病室に戻ることが出来ました。本当にホッとしました。
 以降20年余り、平日はもちろんのこと日曜日でも必ず朝病棟に行って、入院患者さんに変わりがないか確認するようになりました。どうしても出来ない時は、同僚にお願いしました。
 この方から『入院患者さんを担当する』責任の重さを教えて頂きました。

 

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心に残った話(16) 「肉腫」

月曜日, 5 月 31st, 2010

私のこれまでの24年間の医師としての経験の中で印象深いエピソードを時々紹介したいと思います。すべて実話ですが、個人の特定が出来ないように、場所や時代は多少事実とは違います。よかったら、読んでみてください。

今回の主人公は70代の女性です。お腹に大きな肉腫が出来てしまいました。肉腫はがんとは違う悪性の腫瘤です。治療は、手術して切り取ってしまうしかありませんでした。私も、手術をお勧めしました。しかし、この方は、頑として手術を受け入れませんでした。よくよくお話を聞いてみると、ご兄弟の方が、以前、喉頭がんで手術を受けたことがあったそうです。その時、本人は手術を嫌がっていたのですが、家族皆で医師の言うとおりに手術を受けたほうが良いよ。と説得したそうです。手術後、顔はゆがみ、痛みが残り、喉に穴が開いているため話すことも出来ず、本当に可哀想で見ていられなかったそうです。

だから、もし、自分にがんが出来ても絶対手術はしない。と決めていたとのことです。

「困ったことになったなあ」と思案していた時、白血病にしか使えなかった薬が、最近、肉腫にも使えるようになったことを知りました。ただし、手術して再発した場合に限るという条件でしたが。「これだ!」と思いました。手術はしてなくても、効果は十分期待できます。ご本人と相談し、さっそく使ってみることにしました。
1ヶ月間お薬を飲んで頂いた後、大きな肉腫がウソのように小さくなっていました。
3ヵ月後にはきれいに消えていました。すごい!奇跡だ!と感じました。もし、大手術を受けていたら、こんなに元気にはなれなかったはずです。本当に手術をしなくてよかった。と患者さんと一緒に喜びました。薬は飲み続けなければいけませんが、以降、何年も再発することなく元気で過ごして頂いています。

心に残った話(15) 「激しい腹痛」

火曜日, 5 月 18th, 2010

私のこれまでの24年間の医師としての経験の中で印象深いエピソードを時々紹介したいと思います。すべて実話ですが、個人の特定が出来ないように、場所や時代は多少事実とは違います。よかったら、読んでみてください。

今回の主人公は40代の女性です。年に数回おこる激しい腹痛が何年も続いていました。でも、痛くない時はウソのように何ともないのです。いくつかの病院を受診しましたが、原因が分かりませんでした。外来におみえになった時の第一印象がその深刻さを物語っていました。
血液検査、胃カメラ、大腸カメラ、造影剤を使ったお腹のCT検査(断層撮影)、いずれも異常が見当たりませんでした。可能性はかなり低くなるけど、小腸の病気も考えて、小腸二重造影検査も頑張って受けて頂きました。結果は同じでした。私の経験では、これ以上は調べようがないというのが正直な気持ちでした。(もちろん、そんなことは患者さんに言いませんが。)もっともっと稀な腹痛をきたす血液の病気(紫斑病)や代謝の病気(ポルフィリン症)も調べてみましたが、該当しませんでした。『わらにもすがる思い』で、婦人科の先生に診て頂きました。その結果、MRI検査でお腹のあちこちに子宮内膜症が出来ていることが判明しました。これが、腹痛の原因だったのです。やっと、結論が出ました。月経異常がまったくなかったため婦人科の先生に診て頂くことをためらい、診断に時間がかかってしまいました。反省です。
実は、診断がつくまでの途中で、私が転勤になりました。しかし、患者さんが新しい赴任先にわざわざ受診に来られたのです。これは、何としてでも、腹痛の原因を解決しなければいけないと強く思いました。
満足のいく説明や結果が得られない場合、担当医や病院をかえると良い結果を招くことが多いと思います。ただ、同じ医師にもう一度相談するという方法も良いかもしれません。


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