Archive for the ‘院長「心に残った話」’ Category

心に残った話(4) 「まともな医者」

金曜日, 1 月 22nd, 2010

私のこれまでの24年間の医師としての経験の中で印象深いエピソードを時々紹介したいと思います。すべて実話ですが、個人の特定が出来ないように、場所や時代は多少事実とは違います。よかったら、読んでみてください。

今回の主人公は80代のご老人です。当時、私は、大学病院で1年間ひと通りのことを習得して(習得したつもり?)、2年目の臨床研修を市中病院で始めたばかりでした。そこへ、この方が脳梗塞を発症し入院されてきました。

中心静脈栄養とは、鎖骨下静脈などから心臓に最も近い大静脈までカテーテルを入れて輸液ラインを確保し、このラインを通して栄養補給する方法。全身管理の目的で中心静脈栄養といって鎖骨の下に隠れている太い血管に10cmぐらいの針を刺して点滴をする処置を始めました。が、一向に血管に当たりません。大学病院では指導医の先生が見守っていてくれて、すぐにアドバイスをくれていたのですが、市中病院では各先生方も忙しく、つきっきりで教えるということも出来ないため、私一人で悪戦苦闘していました。針先の向きを変えたり、いろいろ試してはみたものの、なかなか目的の血管に当たりません。だんだん、額から汗も出てきました。介助の看護師さんがイライラしているのがわかります。2時間以上経過したところで、とうとうシビレを切らした患者さんに「もっと、まともな医者はいないのか!」と怒鳴られました。結局、その処置は上級医に代わって頂いて事なきを得ましたが、さすがに、凹みました。一人では何も出来ないことも痛感しました。この時、心から、当たり前のことが当たり前に出来る『まともな医者』になろうと決心しました。あの時のご老人の叱責がなければ、学生気分の抜け切らない中途半端な気持ちのままで仕事を続けていたと思います。これまでに、何人かの恩師に出会いましたが、このご老人が一番の恩師です。今も感謝しています。あの時、叱ってくださって有難うございました。医者は患者さんが育てるものなのですね。

心に残った話(3) 「人喰いバクテリア」

木曜日, 1 月 14th, 2010

私のこれまでの24年間の医師としての経験の中で印象深いエピソードを時々紹介したいと思います。すべて実話ですが、個人の特定が出来ないように、場所や時代は多少事実とは違います。よかったら、読んでみてください。

 今回の主人公は30代半ばの男性です。健康で、仕事に家庭に日々忙しく充実した時間を過ごされていました。何の非のないその方に突然不幸が降りかかったのです。
 
最初は急な発熱だけで、ご本人も「風邪かな?」と感じていました。解熱剤で様子をみていましたが、熱は一向に下がらず、体の具合はどんどん悪くなるばかり。2日後に病院を訪れた時に、初めて右足の腫れに気が付きました。そのまま入院となったのですが、病室で急に血圧が下がり、ショック状態となりました。直ちに集中治療室での全身管理が始まりました。救急医、内科医、整形外科医、形成外科医、等が総出で治療にあたりました。その結果、「劇症型A群レンサ球菌」による感染のため、発熱し、その菌が右足に飛び火して、足の筋肉が化膿したことが分かりました。その日の夜、緊急手術がおこなわれました。壊死した右足を大きく切開し、腐った部分が取り除かれました。その後も、一進一退の状態が続きました。足の手術も2回、3回と繰り返されました。徐々に傷が回復し、意識がしっかりし、食事が出来、杖歩行が出来るようになり3ヵ月後にようやく退院出来ました。さらにリハビリを続け、1年後には補助器具なしで、自由に歩けるようになりました。

劇症型A群連鎖球菌の電子顕微鏡写真(愛知県衛生研究所のHPより) この恐ろしい菌は別名『人食いバクテリア』と呼ばれています。アフリカなどの遠い国のことではなく、日本各地でも時々発生しており、その報告数は年間50人前後になります。感染する経路は不明であり、誰にでも起こり得ることなのです。この細菌は1時間に10cmのスピードで筋肉を食いつぶしていくと言われています。数十時間で全身に菌がまわり、命を落とす確率が非常に高い恐ろしい病気です。この方のように、後遺症も残さず治ったのは奇跡だと思います。
 ご本人がしっかり病気に向き合い、過酷な治療を受け止めてくれたことが、治療が成功した一番の理由であることは言うまでもありませんが、この病気に詳しい内科医がいたこと、腕の良い救急医、外科医がいたこと、そしてなにより、各科の医師達がすぐに集まってチームを作って治療にあたったことが大きいと思います。診療科間の垣根が低く、風通しの良い病院って意外に少ないのですよ。

心に残った話(2) 「肝臓がん」

火曜日, 1 月 5th, 2010

私のこれまでの24年間の医師としての経験の中で印象深いエピソードを時々紹介したいと思います。すべて実話ですが、個人の特定が出来ないように、場所や時代は多少事実とは違います。よかったら、読んでみてください。

今回の主人公は患者さんの奥さんです。肝臓病を患っておられるご主人に付き添って診察室にこられました。ご主人の肝臓病はかなり悪く、一般的には「手遅れ」という状態だったと思います。しかも、肝臓がんが再発していたのです。その治療法のことで、ご本人と奥さんと私の3人で何度か話し合いました。手術でがんを切除することは不可能と思われましたし、肝臓が弱いために手術そのものが命取りになりかねない状態でした。ついつい、安全な方法、でも、あまり有効とは思えない治療法を提案する私に、奥さんは「何か別な方法があるはずだ。」「何とかして夫の命を救いたい。」という強い意志を主張されました。その熱意にほだされるように、私は、がんセンターと大学病院に相談し、思い切って、『肝臓移植手術』を提案しました。奥さんは迷うことなく同意され、まもなく臓器提供者を身内から見つけてこられました。大学病院に転院されて半年ほど経ったある日、ご主人がひょっこり外来にお見えになりました。
pict0080-31昔の面影がまったくない、健康的な顔色の、生気に溢れた、新しい命を貰ったご主人に生まれ変わっていました。ご主人の背後からは後光がさしているようにさえ思えました。本当に感動しました。相変わらず物静かなご主人は仕事が続けられることを喜んでおられました。一方、奥さんはお見えではありませんでした。もう、ご主人は健康だから、付き添う必要が無くなったわけです。強く念ずれば、願いは叶うのですね。

心に残った話(1) 「急性膵炎」

月曜日, 12 月 14th, 2009

私のこれまでの24年間の医師としての経験の中で印象深いエピソードを時々紹介したいと思います。すべて実話ですが、個人の特定が出来ないように、場所や時代は多少事実とは違います。よかったら、読んでみてください。

今回の主人公はふっくらした中年の女性です。胆石が原因で急性膵炎になりました。すい臓は胃の背中側についている100g程度の小さな内臓です。
主な働きは消化酵素液を分泌することと血糖をコントロールするホルモンを分泌することです。膵炎をおこしますと、すい臓は自分の作った消化酵素液で自分自身を溶かしていくわけです。
この患者さんも激しい膵炎のために、集中治療室で意識がもうろうとしたまま数日が過ぎていきました。
私達医療スタッフは検温や処置をする度に、意識レベルの確認のためもあって、何度も何度も繰り返し「○○さん、どうですか?痛くないですか?」と呼びかけました。もちろん、返事はありませんが。そして、ある日を境に痛みが引いていき、すべての検査結果が改善してきました。本人も意識が戻り、しっかりとお話が出来るようになりました。

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「先生。私、ずいぶん寝ていたでしょう?夢の中で、とってもキレイなお花畑の中を歩いていました。とても、気持ちよく、安らかに過ごせました。でも、後ろから何度も私を呼び止める声がするので、仕方なく振り返ったら、今、ちょうど目が覚めたのですよ。」

これまでにも、何度か、こんな話をする患者さんにお会いしたことはありました。いわゆる「臨死体験」というものだと思います。「あの世」が本当にあるのかは別として、今回の1件以来、私は、意識のない患者さんに積極的に呼びかけるようになりました。付き添われているご家族にも、患者さんの耳元で話しかけてあげるように勧めています。


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