よもやま話(111話)論文を書くことの効能

医学雑誌「臨床消化器内科」に『英語で論文を書くことの効能 学会発表だけじゃダメなんですか?』という連載が目に留まりました。

論文を書くことは意味があること?24年間の勤務医生活の内、8年間は大学病院に勤めました。大学では論文作成が至上命令です。論文作成には思いのほか時間を取られるため、市中病院で沢山の患者さんを診て、いろいろな手技を身につける方が臨床医として有意義なのではないかと日々、自問自答していました。そして、ようやく、答えを見つけることが出来ました。
答:論文を書くと臨床力が上がる。
理由:自分のおこなっている医療データを集積し、統計的に解析し、きちんと自分で評価する。その結果を同業者の目にさらし、評価を受ける。その過程を経験することで、自分の医療をより客観的に評価できるようになるから。

この連載を読んで、大学病院勤務もそれなりに意味があったと思えるようになりました。大学病院の時は、論文作成を”やらされていた”感じだったのが、その後の市中病院では、自分で何故かなと思ったことに取り組み、自発的に論文作成に挑戦しました。
最初は、高ケトン体血症を呈する急性膵炎の患者さんを何人か担当しました。アルコール性膵炎で、十分な栄養が取れていなかったことが要因だと思われますが、ケトン体値と膵炎の重症度の関係が気になりました。そうすると、膵炎の患者さんの重症度を正確に評価し、しっかり治そうと意欲が湧いてきます。救急病院で、消化器内科医が私一人だったこともあり、膵炎の症例はドンドン集まりました。両者の間に正の相関関係があることが明らかになりました。学会発表にはこぎつけたのですが、論文は査読ではねられてしまいました。
次に、救急で運ばれてきた全身状態の悪い患者さんが、1年後、まったく同じ症状で救急搬入されました。しかし、2回目は救命することが出来ませんでした。この患者さんは2回とも致死的な高ケトン血症を呈していたので、予後にケトン体は関係なさそうです。生死を分けたモノは何か? 2回目の来院では乳酸値が高かったのですが、1回目は高くなかったことに気付きました。そこで、致死的な高ケトン血症を呈する患者さんを、生存したグループと永眠されたグループに分けて検討しました。その結果、永眠されたグループでは乳酸値が有意に高かったのです。学会で発表しましたが、これも査読ではねられ、論文として陽の目を見ることはありませんでした。
論文として形に残せなかったので、大きなことは言えませんが、テーマをもって診療にあたると、自ずと積極的になることを経験出来たと思います。

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