心に残った話(4) 「まともな医者」

心に残った話(4) 「まともな医者」

私のこれまでの24年間の医師としての経験の中で印象深いエピソードを時々紹介したいと思います。すべて実話ですが、個人の特定が出来ないように、場所や時代は多少事実とは違います。よかったら、読んでみてください。

今回の主人公は80代のご老人です。当時、私は、大学病院で1年間ひと通りのことを習得して(習得したつもり?)、2年目の臨床研修を市中病院で始めたばかりでした。そこへ、この方が脳梗塞を発症し入院されてきました。

中心静脈栄養とは、鎖骨下静脈などから心臓に最も近い大静脈までカテーテルを入れて輸液ラインを確保し、このラインを通して栄養補給する方法。全身管理の目的で中心静脈栄養といって鎖骨の下に隠れている太い血管に10cmぐらいの針を刺して点滴をする処置を始めました。が、一向に血管に当たりません。大学病院では指導医の先生が見守っていてくれて、すぐにアドバイスをくれていたのですが、市中病院では各先生方も忙しく、つきっきりで教えるということも出来ないため、私一人で悪戦苦闘していました。針先の向きを変えたり、いろいろ試してはみたものの、なかなか目的の血管に当たりません。だんだん、額から汗も出てきました。介助の看護師さんがイライラしているのがわかります。2時間以上経過したところで、とうとうシビレを切らした患者さんに「もっと、まともな医者はいないのか!」と怒鳴られました。結局、その処置は上級医に代わって頂いて事なきを得ましたが、さすがに、凹みました。一人では何も出来ないことも痛感しました。この時、心から、当たり前のことが当たり前に出来る『まともな医者』になろうと決心しました。あの時のご老人の叱責がなければ、学生気分の抜け切らない中途半端な気持ちのままで仕事を続けていたと思います。これまでに、何人かの恩師に出会いましたが、このご老人が一番の恩師です。今も感謝しています。あの時、叱ってくださって有難うございました。医者は患者さんが育てるものなのですね。