心に残った話(5) 「クローン病」
私のこれまでの24年間の医師としての経験の中で印象深いエピソードを時々紹介したいと思います。すべて実話ですが、個人の特定が出来ないように、場所や時代は多少事実とは違います。よかったら、読んでみてください。
今回の主人公は20代の女性です。高校生の時から頻繁に起こる腹痛に悩まされていました。いくつかの総合病院にかかっていたのですが、原因が分からないまま10年の月日が経っていました。お腹が痛いだけで、下痢や便秘がないことなどが災いしたのかも知れません。ろくに診察もせずに「精神的な問題」と追い返されたこともあったそうです。痩せた彼女を見て、『心身とも疲れているなあ。』という印象を持ちました。お話を聞くと、胃と大腸の検査は何回も受けているのですが、小腸の検査は1度だけしか受けていませんでした。無理言って、そのレントゲンフィルムを見せて頂きましたが、造影剤が小腸全体に行き渡っていませんでした。
小腸の検査の方法は、まず、チューブを鼻から十二指腸まで入れます。次にチューブからバリウム(白い液)を注入します。バリウムが4~5mある小腸全部に行き渡ったら、今度は空気を入れていきます。小腸全体に行き渡るまで少しずつ入れます。そうすると、腸の全体が詳しく観察することが出来ます。この検査は、どんなに手際良く行なっても、1時間はかかります。患者さんにとっては大変な検査です。実は、医師にとっても忍耐のいる検査なので、現在ではあまり行なわれていません。
検査の結果、小腸のあちこちで腸が細くなっているところが見つかりました。これでは、食べ物がスムーズに流れません。さぞ、痛かったことだろうと思いました。悪い箇所を切除する手術が行なわれました。
「クローン病」という難病でした。手術により病気が完治したわけではありませんが、少なくとも、腹痛の理由が分かり、余計な不安は消えました。
それにしても、長い長い10年でした。
このようなことが起きない様に、医師は常に出来る限り丁寧な診察を心がけなければいけません。