心に残った話(7) 「胃潰瘍からの出血」
私のこれまでの24年間の医師としての経験の中で印象深いエピソードを時々紹介したいと思います。すべて実話ですが、個人の特定が出来ないように、場所や時代は多少事実とは違います。よかったら、読んでみてください。
今回の主人公は50代の男性です。胃潰瘍からの出血のために入院されました。この方の胃潰瘍はクレーターの様に深くえぐれており、さらに、その中央に大きな丸々とした血管(露出血管と言います)が顔を出していたのです。ここが破れて動脈性の出血を来たして緊急入院となったわけです。入院して直ぐに胃カメラで露出血管を縫合する処置をしました。順調に経過し、おかゆも食べはじめられた頃です。早朝、病院から私の自宅に電話が入りました。「吐血しました。血圧が40mmHgです!(注1)」直ぐに病院に駆けつけました。
早朝で道路が空いていることもあり、病院までたった5kmの距離でしたが、猛スピードでバイクをぶっ飛ばしました。「今、行くから待っててくれ!」と心の中で叫んでました。多分、これまでで一番スピードを出したと思います。病院に駆けつけて直ぐに胃カメラを行い、再出血した血管を縫合しました。もう、二度と出血しないように、気合を込めて治療しました。幸い、一命を取り留めました。
退院されて、定期的に通院して頂くようになりましたが、毎回、顔を見る度に「あの時、良く持ちこたえてくれましたね。ありがとう。」と心の中で感謝しながら診察しました。バイクで駆け付けている時の私の心は、医師として人の命を預かっている。という責任感と、胃潰瘍なんかで死なせる訳にいかない。という意地、自分の治療が不十分だったのではという自責の念などが入り混じっていました。
(注1.)一般に、急に血圧が80mmHg以下に下がった状態を、ショックといい、非常に危険な状態であることを意味します。
追記:この件以来、「はたして自分の胃潰瘍の治療はこれでいいのか?」という疑問がわいてきました。再出血の頻度は?どんな治療の時に多いのか、どんな患者に多いのか、などなど。そこで直近3年間、130人の治療成績を詳細に検討し、全国の病院の報告と比較しました。結果は、他病院の報告に決してひけをとるようなものではなく、自分自身への励みにもなりました。