医療に関するお話 「論文」
私は、これまでに、普段ほとんど診察することのない非常にまれな病気の患者さんの診断や治療を「症例報告」として論文にまとめてきました。全部で15個あります。それらは、医学専門の月刊誌に掲載され、他の先生方に読んで頂いたと思います。
プライバシーを守るために患者さんの名前や顔は出ません。発病した時の年齢と性別程度です。医師はこういう論文を読むことで、自分が経験したこと以外にも幅広く知識を身に付けておく必要があります。
一般に、論文を書いて、雑誌の編集者に送ると、その分野の専門家達(大学病院の教授が多い。大抵3名で構成されています。)が、掲載する価値があるかどうか吟味します。その過程で、何度か、書き直しが命じられ、最終的に採用される確率はどの雑誌でも50%前後のようです。本屋さんに並ぶまでに少なくとも2~3年はかかります。ちなみに、雑誌が発売されても原稿料はなく、逆に「掲載料」を支払うこともあります。
論文を完成させる最大の難点は、それまでに何が分かっていて、この論文で新しく何が分かったのかを明確にすることです。そのためには、関連する資料や論文をたくさん読まなくてはいけません。多い時は100を超えます。その結果、知らず知らずのうちに、その病気のことや、それに関連した事柄に詳しくなります。
そのような病気の患者さんは、何の前触れもなく日常診療の中で遭遇します。勉強不足であれば、「医学的に貴重な症例」ということすら気付かないまま、目の前を通り過ぎていくことになります。
論文を書くのは、毎日の仕事が終わった夜とか休みの日になります。日曜日の朝、病院の医師控え室(医局)は、人影も少なく、集中して論文が書けます。自分で文章を作るという作業は、日々の診療とはまた違った充実感があります。